天平年間(708〜781)大己のご神託により聖武天皇が諸国に一の宮を造られた際、伊予国一の宮の御法楽所として建立。その後、荒廃、再興を経て現在のお堂は大正10年、予讃線開通のため現在地へ移転したもの。
当時の国司越智公夫人が安産のため、大師が境内で湧いた玉の井の水を加持して与えたところ無事に出産したということから、安産の観音様として信仰される。